2011年12月31日

みなさん良いお年を

 
 先日、12月26日の夜に元プロレスラーの大仁田厚氏より雑誌の取材を受けました。
国際グラフの2012年、2月号に載るそうです。
ホントは、翌日の取材予定でしたが、腰が痛いという事で治療を兼ねて少しでも早く治療を受けたいと
急な前倒しでの取材でした。大仁田厚氏は、長崎市出身で、祖父は苓北町志岐の出身だそうです。
そして、私と同い年ということで話も弾みました。
彼は、長年のプロレス生活で体のアチコチを痛めており、当日は、肩と腰が痛いとの事で
治療をしました。肩は、少し前脱臼して、自分でははめたそうです。
治療後、「あ~腰も肩も痛くないよ~」と取材の人に言ってとても喜んでいただきました。
左膝は粉砕骨折の後遺症で正常に曲がりませんでした。
ボロボロの体で頑張ってきたんだな~、「いやまだ頑張ります。」と言っていました。
東京に来ることがあったら一緒に食事でもしましょう。同い年で天草との結びつき何かの縁ですと
携帯の番号を教えてくれました。
なにか、大仁田厚が身近に感じられた1日でした。
来年は、腰痛についてもう少し皆様の為になる情報を発信します。
これを読んでくれているみなさん、良いお年をお迎え下さい。  


Posted by Dr.焼宇宙  at 12:23Comments(1)整体カイロ

2011年12月23日

天草発・腰痛の常識ウソ・ホント?(ヘルニア)

 
 天草から、腰痛で困っている人に発信します。
未だ、腰痛の犯人をヘルニアだと思っている人が多いようです。
上のグラフをご覧ください。これは、1995年に国際腰痛学会のボルボ賞(腰痛研究者にとって最も栄誉ある賞)を取ったカナダの腰痛に関する研究です。まったく腰痛が無いにも関わらず、これだけヘルニアが存在しているのです。
先日、NHKの番組「ためして、ガッテン」で腰椎ヘルニアの特集をやっていました。その内容の結論は、「ヘルニアは腰痛の犯人ではない!」「腰痛にはストレスが関係している!」

その番組を見た当院の患者さんが「先生と同じ事をこの前TVで言うとったよ」と言ってくれました。
それを聞いて私は、当院の治療法を後押ししてくれたような番組でとても嬉しく思いました。それと、やっと日本のメディアが腰痛の正しい情報を発信しだしたことを嬉しく思います。

福島県立医科大の菊池臣一学長は、著書「続・腰痛をめぐる常識のウソ」1998年発行の中でMRI検査でまったく無症状の人にヘルニアが見つかることを書いています。それから遅れること13年です。

世界の腰痛診療ガイドラインではレントゲンやCT,MRI等の画像所見は危険因子(骨折、悪性腫瘍、感染症、リュウマチ及び周辺の炎症性疾患、馬尾症候等)が無い限り腰痛の診断にはあまり役立たないと書いてあります。
世界では、腰痛に関する病態概念が従来の「生物学的損傷」という観点から「生物・心理・社会的因子」を盛り込んだものへシフトしています。

当院には、「ヘルニアの手術をしたが思わしくない」「病院でヘルニアと診断された」と気落ちして来院される方が後を絶ちません。

みなさん、ヘルニアと診断されても気落ちしないで下さい。
ヘルニアは腰痛の犯人ではありません。健康な人の4人3人はヘルニアを持っているのです。
ヘルニアは腰への可負荷が原因と言うより遺伝的要素が強いのです。  


Posted by Dr.焼宇宙  at 12:00Comments(5)腰痛

2011年12月22日

ボタン電池に注意を

 私の所には、色々いな健康情報や医学情報が届きます。(TMSジャパン長谷川淳史代表より)
それを時々皆さんに提供していきます。

今回は、ボタン電池について、

ボタン電池を飲み込んだことによる重大な怪我や死亡の報告が増加している。
小さな円盤形のボタン電池は小さな部分に大量のエネルギーを蓄えている。
小さな子どもが手の届く家庭の多くの製品に広く使われている。
ボタン電池を飲み込むと気道がふさがれたり食道にたった2時間で化学火傷をおこしたりする。
特に小さな子どもの場合20-25mmのリチウムボタン電池で最も重大な傷害をおこす。
成人でも高齢者は医薬品や食品と間違えて飲み込んでしまうことがある。

皆さんボタン電池の管理には十分な注意を!  


Posted by Dr.焼宇宙  at 10:57Comments(2)健康生活

2011年12月09日

真珠湾から70年



 昨日、12月8日は、旧日本海軍が真珠湾を奇襲し太平洋戦争へ突入した日でした。

この写真は、太平洋戦争終結の調印式が行われた、戦艦ミズリー(全長約270m)です。

この艦は、太平洋戦争末期から湾岸戦争まで活躍したアメリカ海軍の主要艦です。

現在、退役して真珠湾に展示してあります。「パトリオットミサイル」が5機搭載してありました。

日系アメリカ人のガイドが色々くわしく話をしてくれました。

この艦は、日本の神風を迎撃するためにコンピーター制御で一番効率のよい間合いで散弾銃の様な砲弾を撃っていたそうです。

その中をかいくぐって一機の神風が突入、体当たり直前にに迎撃され、艦をかすめたそうです。

その時、機体の1部とパイロットの死体が艦上に投げ出されました。

そしてその死体は、敵と言えども日米問わず、お国の為に散った英雄であるという艦長の命で、死体安置室に安置され、二人の米兵が見はりとして一晩付く事になりました。

そしてこの二人は、こいつもまだ若いのにこのままでは可哀そうだと言って、この日本人パイロットの為に何かしてあげようと一晩かけて大きな「日の丸」を作り掛けてあげました。

そして翌朝、5時にアメリカ海軍の手で丁重に海軍葬がとりおこなわれたそうです。そしてその1時間後、次の神風特攻隊の来襲があったそうです。

現在も、この日本人パイロットの遺影と名前が展示されています。

私にとっては「心に響く、いい話」でした。

さて、話は戻りますが、真珠湾攻撃もアメリカにとっては、今回の東日本大震災の様な突然に襲った大惨事だったのでしょう?

そこから立ち直った「アメリカ」また敗戦から立ち直った「日本」!

東日本の方々も必ず立ち直れると信じています。「がんばれ!東日本」  


Posted by Dr.焼宇宙  at 10:32Comments(3)なんでんかんでん